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無明ー12 [無明]

「言葉」と「思考」 事実(=Fact)実際に起こった事柄。現実に存在する事柄。 異なる世界に生きる人々が共通認識できるもの。

例−1:犬が吠えていた。

例−2:リンゴが木から落ちる。

真実(=Truth)本当のこと。嘘偽りではないこと。 あなたの世界を構築する情報や経験から導き出されたもの。 問い−1:犬の吠えていた声はどのように聞こえましたか? 聞こえたとおりに真実(=本当)を教えて下さい。 日本人:ワンワン、ドイツ人:ハフハフ

問い−2:第二次世界大戦は正しいですか?

戦時中の日本人:正しい 正しくなければ戦争にはなりません。 現在の日本人:愚かである。

 戦時中の日本人は狂っていたのでしょうか?もし狂っていたのなら、その子孫である我々は?

常識とは時代と地域でそれぞれ変化するということです。つまり、その時代・地域で集団的な多数決で常識となってしまいます。少数は非常識として扱われてしまいます。

 何が正しく何が間違いなのかは、単なる多数決のような気がするのですがいかがでしょうか。

「一人の殺害は犯罪者を生み、百万の殺害は英雄を生む。数が(殺人を)神聖化する」<ポーテューズ>

「良い戦争もなければ、悪い平和もない」<フランクリン> 「

軍人の誇りとするするものは必ず小児の玩具に似ている」<芥川竜之介>

 そもそも「言葉」は、人によって様々な解釈があり時代と共に変わる。哲学的な定義や仏教的定義や論理学定義といくらでも概念化できます。私は哲学の立場で話していると詭弁がまかり通ります。ある人には正しくある人には偽り。イデオロギーや国によって異なるようです。

 この世は「嘘・偽り・適当」だと初めから分かって接していれば問題ありません。

 「言葉」に振り回されずに見えたまま、聞こえたまま(=言葉以外)、感じたまま、味わったまま、匂ったままの事実のまま。

 「言葉」は共通の地域に住んでいる人の伝達手段であって、自分たちが都合よく概念化してシンボル化したもの。簡単な音や文字を使って物事を伝えられる便利な音と記号です。その地域以外の人にとっては「デタラメ・まやかし・嘘・口パクパク」。

 BS放送などで他国のTVドラマを字幕無しで見ていると、よくもこれだけ「デタラメ」を言い続けられるのかと感じることはないでしょうか。(聞き慣れない外国語:フランス語、韓国語、タイ語、ベトナム語等々)

 「思い」も他の五感と同じで感覚だと思われます。感覚が音になっていったこ勝手に想像してみました。

 何か尖ったものを踏んだ時に日本人の祖先がとっさに「いたっ!」と発音した。皆でその「発音」を真似して「いたっ!」となったかも知れません。ドイツ人の祖先は「Sie!」。最初から何の意味もなくただの「音」。後から「いたっ」は痛いという感覚であると定義されたかもしれません。自分たちでそう言っていて、今もそう言っているだけかもしれません。

 一切が諸行無常であり、感覚も自然に消えるものです。思考も自然に消えるのですが、あらゆる感覚を「言葉」というツールを使って「文字と音」にしています。「視覚と聴覚」を使っているので簡単に記憶できるようになっています。短期記憶を利用できるので、思考が消える前に一時記憶できます。この一時記憶された思考(=感覚)を次の思考(=思考する人=幻想)で取り扱ってしまいます。  思考と「思考する人=幻想」という分離が生じます。過去や未来を「思考する人=幻想」によって「言葉」で取り扱うので悩みや苦しみを生じさせることになっているようです。

 思考が記憶され思考が次々と起こり終わらない(=思考の輪廻)。このプロセスが脳のプログラムであり脳の「癖」となっているので見破ることが難しくなっているようです。  思考をただ見ていれば消えるということを確かめてコツコツと実践していくほかありません。


<注:勝手な個人的な見解の部分がありますので、鵜呑みにせずに仏道修行による智慧によって確証することをお願いいたします。 引用もしくは酷似表現の場合は、タイトル及びアドレスの明記をお願いいたします。

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