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いのち(5) [いのち]

 「いのち」が生き続けるには、「己」の生存につながることは摂取(執着)し、損になることは排除(忌避)することです。

 爬虫類と哺乳類の違いはなんでしょうか。本能から自己の意志を表現できる感情の感覚と、記憶を得たことだと思われます。
 人間の脳は脳幹(爬虫類脳:本能・欲望)、大脳辺縁系(犬などの哺乳類脳:好き嫌い・記憶)、大脳新皮質(霊長類脳・知性)のようにどんどん継ぎ足された三層構造でできていると言われている。

 魚類、両生類、爬虫類では、脳幹が脳の大部分を占めている。脳幹は反射や、えさを取ったり交尾するといった本能的な行動をつかさどっている。
 魚類と両生類では、生きていくために必要な本能や感情をつかさどる「大脳辺縁系」のみである。
鳥類や哺乳類になると、小脳と大脳が大きくなる。特に大脳の新皮質が発達し、「感覚野」「運動野」といった新しい機能を持つようになる。霊長類では新皮質 がさらに発達して大きくなり、「連合野」が出現し、より高度な認知や行動ができるようになった。ヒトでは、新皮質が大脳皮質の90%以上を占めている。

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 ヒトから人間(ホモ・サピエンス)へは、腔腸動物からヒトへの進化の過程と同じように進化したと想像されます。(これからは勝手な仮定)
 南アフリカでのホモ・サピエンスは、腔腸動物のように生まれた地域で生活していました。次に、徐々に行動範囲を広げていきました。徐々に群れを形成していった。
 群れはよりよい生活環境を求め互いに争いが起こっていった。水場の近くの群れは、水場に集まる動物を捕獲することで食糧に苦労することはなかった。
 
 水場争奪戦は、新たな知能戦となった。その日に食べる食料だけで良かったので、時間をずらして食料確保が行われていた。効率的に食料調達するために、罠を作り出す群れも現れた。
 手を使うことで大脳への血流が急激に増えることにより大脳ネットワークが構築されていった。大脳が使われることにより手の器用さも向上していき、発明が加速される相乗効果が起こった。
 
 フロンティア精神を抱いた群れのリーダーのもと、新たな水場をもとめて、あらゆる方向に散らばっていったのである。ホモ・サピエンスは行く先々で交配を重ねることで多種のDNAの多様化を受け入れ、あらゆる環境に適応できるようになっていった。
 また、言葉によるコミュニケーションを駆使して効率的な狩りや、群れの統制ができていったと想像される。生命維持のための心配は顕著に少なくなってきていた。

 人間の人体と同じように分業ができ始め、狩り専門職、武器製造専門職、調理専門職などがでてきた。
また、非常に大事なポイントとして火を使うことによって、暖と他の動物からの防御、火による食料の調理、地中の炭水化物の調理ができるようになった。さらに他の動物から食料を守る知恵が発達した。食料の保存・保管ができるようになり未来への備えが可能となったと思われる。炭水化物を分解して、脳に必要なグルコースという糖分がさらに脳の進化を促すことができた。

 その日暮しから解放されるにしたがい、道具などの発明に時間を確保できるようになっていった。
自然に翻弄され「今」だけの「恐怖と不安」に対処すればよかった「いのち」が、未来と言う「時間」の概念を手に入れた。これが新しい「いのち」への転換点になっていった。この転換点から未来への「恐怖と不安」に苛まれることになってきたのではと勝手に想像しています。

 保管や簡易な保存ができるようになってくることで「所有」という「概念」が生まれ、それが強い所有欲の「執着」となった。「所有物」の争奪戦によって「瞋恚」という「概念」も生まれた。
 「言葉」とともに「概念」が作られ、ありもしない「恐怖と不安」が作られていったのではないでしょうか。

 草原、二足歩行、水場、塩分、手の使用、大脳の発達、火、保管・保存、分業、専門職、言葉、概念、時間、未来、所有欲、争奪、ストレスなどのキーワードでヒトから人間への進化を勝手に理解し納得すればいいと思われます。

 「いのち」としては食べたり食べられたりは、「当たり前」のことです。進化の過程で「執着」や「怒り」も「当たり前」のこと。自らの煩悩が「当たり前」であると「安心」することがスタート地点です。ホモ・サピエンスが「神」や「真理」の概念に出会うにはまだまだ先のこと。

<注:勝手な個人的な見解の部分がありますので、鵜呑みにせずに仏道の修行による智慧によって確証することをお願いいたします。
引用もしくは酷似表現の場合は、タイトル及びアドレスの明記をお願いいたします。
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